
私が育てたいもの
この前、一寸した柱にぶつかった際に私の親友が、
今一番大切な事は何かを考えてもいいと思うよ!
って言ってくれた。嬉しかった。私は現在、椎間板
ヘルニアで都心にも行かれないような状況だ。
そんな私の身体を気遣って「少し休んだら?」と
いう意味の、思いやりの入った優しい言葉だった。
彼女には「いつも有難う」と言いたい。……それで!!
私は考えた。一番大切なことって何だろう?って。
そうしたら全部大切だった。面倒見ているペットたちの
命・両親・友達との会食や談話・全ての人間関係・
持っている物・庭の植物・そして自分……。何から
何まで全部大切すぎて、ランクなんて付けられなかった。
どれが欠けてもバランスがとれない。何かが重なった時、
比較した末で、こっちが上だ!と言わないのが私だ。
何故なら、どれも同じ線上には乗っていないからだ。
いちいちランク付けするような考え方の人間にはなりたくない。
ライフスタイルは長い目で見る。だけど、私のトシで
同じ考え方をする人は、多分あまりいないと思う。
何故かと言うと全ての人がとは言わないが、ある程度
子育ても終わり、子供が親離れをした時、初めてそういう事を
考えるだろうナァ〜と思うからだ。それは家庭の中で
過ごす大切な時間・思い出作りから始まり、娘や息子が
親をけむったく思い始めた時・娘と母がお友達関係に
変わる時・息子に恋人が出来て、母親がヤキモチを
焼き始めた時・子供が家を出た時、まだまだ
このほかにも色々なパターンはあるが、そういう時期が
何となく過ぎた時じゃないと理解してもらえないと
思うからだ。特に、私の交友関係の9割は家庭を持つ人ばかり
だから、家庭の中において、お互いの自由を尊重しあえる
ゆとりが出来ないと、゛どれも全部大切!!”っていう
気持ちにはならないだろう。
その時に初めてライフスタイルを長い目で見通せばいいのだ。
もちろん、そういう展開にならない家庭もあるが……
私の周りにいる年配者たちは、皆面白いくらいに同じ事を
言っていた。『目の前にある”大切なもの”を大事に
していた頃は、アップアップしていて、それだけを
見るのが全てだと思っていた。だけど、実際にトシを
取って、全てが自分からはなれて楽になると、これからは
こうやって過ごしたい!と言う理想が湧いてくる。それは、
家の中に目を向けるものが本当になくなるからで、その時
初めて人生の前後を真剣に見つめ、長い目で見るように
なった。』……なるほどナ、と思った。同世代からは
まず出ない、言えない言葉だナと思った。だからといって、
同世代にこの言葉を押し付ける気など無い。侮辱として
受け取られたら大変だからだ。経験を重ねなければ、
口で説明をしたってわかりっこない。それは思い出が沢山
あればある程いい意味で胸に刻み込まれ、自分を
見つめる時、充実した時間が深いほど大きな原動力になる。
ある程度年齢を越すと、夫婦間もお互いに外での交友関係に
目を向けてくれる事が喜びと安心感へと変わっていくという。
”家”というカラの中に閉じこもって欲しくないという。
あくまで、一例だが……
どんなに頭のいい人間でも、やっぱり最後は経験が物を言う。
そういう人たちと話をしているうちに、知らないところで
私には、沢山の大切な枝が伸びていた。どの枝でも切り落としたら、
バランスが悪くなるから、どれも伸ばしていく。そして年輪の
沢山ある、大きくしっかりとした木を育てたい。
欲張りかもしれないが、私はネ!
(同じ年代でこういうこと考えられる人がいたらメロメロになるかも!!(笑×100)
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